2018年ごろから南九州エリアを中心に感染が広がったサツマイモ基腐病。現在ではほとんどの都道府県のサツマイモ産地での発症が確認されています。発症メカニズムの全容はいまだ解明されておらず、十分な効果の上がる対応策が見つかっていません。
「みんなのサツマイモを守るプロジェクト-Save The Sweet Potato-」(SSP)では、サツマイモ基腐病の解明と対策の立案に向けて、九州大学と協力した研究を実施しています。2023年には基腐病の微生物学的な研究を目的として、鹿児島県内のサツマイモ生産者の協力のもとで土壌サンプルの分析試験を実施。この研究の結果について、九州大学准教授で土壌環境微生物学を専門とする田代幸寛氏に話をうかがいました。
写真:九州大学田代幸寛准教授
――まずは、田代先生の研究されている分野について教えてください。
九州大学の農学研究院で、土壌環境微生物学を研究しています。土壌における微生物の生態や機能の研究であったり、リンや窒素やカリウムといった元素の循環についての基礎研究などを行っています。また、植物の成長を促進させる微生物を使った「持続的な農業システムの開発」といったテーマでも研究をしています。
――今回、田代先生に依頼させていただいた研究内容について説明いただけますか。
鹿児島県内の4つの圃場(※農作物を育てる場所)から、1~9月の耕起前から栽培期間にかけて採取された土壌サンプルの中に含まれる微生物を分析しました。
圃場ごとに土壌改良剤を施用するエリアと施用しないエリアを設定し、2023年の年初から秋にかけて、1ヶ月に1回程度、合計7回のサンプル採取を行いました。土壌サンプルは、地表付近と深度のある部分の2パターンで採取しています。なお、実験を行った圃場は、前年度までは土壌改良剤を施用していない場所になります。
こうして得られた合計96点の土壌サンプルから微生物のDNAを抽出し、次世代シーケンサーと呼ばれる大量のDNA配列を読み取る機械を使って解析しました。
微生物は大きく分類すると「細菌」と「真菌」があります。細菌は英語でいうとバクテリアで、乳酸菌や納豆菌などが該当します。真菌はもっと大きいサイズで、カビや酵母などが分類されます。
――今回の解析結果から分かったことを教えてください。
それぞれの土壌にどのような微生物がいるのかを分析しました。
たとえば圃場Aについての分析データがこちらの表です。
サンプル採取時期が全部で7回あり、それぞれ「Used=土壌改良剤を施用した区分」と「Nothing=そのままの区分」にわけて微生物の占有率を調べました。赤く塗られているセルは、微生物の割合が多いことを示しています。
こちらのグラフは、放線菌(※細菌の一種で、悪い微生物を殺す菌が多い)の占有率を平均化したものです。4つの圃場の「施用区(土壌改良剤を使っているエリア)」「慣行区(土壌改良剤を使わず、もとのままにしているエリア)」それぞれのサンプルの平均値を示しています。
グラフからもわかるように、圃場Cと圃場Dでは放線菌の占有率を向上させることを示していますが、そうでない圃場のデータも存在するため、今回のみの試験だけでは明確な違いが見られないというのが正直なところです。
ただ、来年以降も継続して同様の実験を行っていけば、土壌改良剤の効果が明らかになっていく可能性は十分にあります。
――サツマイモ基腐病の原因となる菌についてはどうでしたか。
今回の土壌サンプルからは、基腐病菌(Diaporthe destruens)は検出されませんでした。しかし、実際にはサンプルを採集した圃場からはサツマイモ基腐病が発生しているので、菌がまったく検出できなかったのは不思議だと思っています。
――なぜ基腐病菌は検出されなかったのでしょうか?
理由はいくつか考えられます。
ひとつめは、基腐病菌のDNAが抽出できなかった可能性です。今回使用した実験手法ではうまく抽出されなかった可能性があるため、あらためて実際の基腐病菌のサンプルを入手したうえで再確認したいと考えています。
また、解析に使用したプライマーで増幅できなかった可能性もあります。これについても、実際の基腐病菌を利用した手法を使って再確認する予定です。
別の可能性として、採取した土壌サンプルの中に基腐病菌が少なかったということも考えられます。今回の実験手法では、土壌内の他の菌種に比べて基腐病菌の存在量が極端に少ない場合には検出できません。この仮説を検証するには、特殊な方法で解析をしていく必要があります。
なぜ基腐病菌の検出が難しいのかについては、まだはっきりしたことは言えません。たとえば、病気が発症する瞬間にだけ一気に病原菌が蔓延しているのかもしれませんし、菌の量が極めて少なくても病気を発症させる力を持つといった可能性も考えられます。
写真:株式会社welzo取締役 /SSP Project Leader 後藤 基文
――サツマイモ基腐病の病原菌について、田代先生からはどういう存在に見えていますか?
私もサツマイモの圃場を見学させていただき、基腐病の被害状況も確認していたので、今回の解析で菌が検出されなかったことには驚いています。土壌環境における微生物については生態がまだわかっていないものも多数存在します。
実は、サツマイモ基腐病の研究論文はほとんど発表されていません。学術論文の検索サイトであるScopusでは基腐病菌の名前であるDiaporthe destruensで検索しても6件しかヒットしませんでした。たとえばiPS細胞や新型コロナウイルスのような名前で検索すると何千件、何万件もの論文がヒットしますから、6件というのは極めて少ないです。
――基腐病菌の研究は、あまり進んでいないのでしょうか。
企業などが特許を取得しようとしている場合は研究論文は発表されないので、Scopusで検索できる論文がないからといって基腐病の研究がまったく行われていないわけではありません。それにしても6件は非常に少ないです。先行研究が少ないので、基腐病菌がどのような特性を持っているのかも、どういう解析手法を使うと解析しやすいのかも、まだよくわからない状況といえます。
世界の三大穀物といえば、小麦、トウモロコシ、コメですが、こうした作物と比べるとサツ
マイモは研究対象としてまだ着目されていないのかもしれません。基腐病もまだ東アジアの一部地域では深刻な事態を起こしていますが、世界的にはまだ目立たない状況のため、研究が進んでいないのが現状なのだと思います。
研究者としては、学術論文がこれほど少ないというのは研究をするモチベーションになります。この分野の第一人者になる可能性もあるわけですからね。ただし、こうしたDNA解析などにはお金もかかります。国などの研究助成金が拡充されれば、基腐病の研究はもっと進むのではないでしょうか。
――土壌の状態を良くしていこうと考えたとき、有機肥料などを使って土壌にとって良い影響を付与していくことと、基腐病菌のような悪い要素を排除していくことの、どちらの方向で考えればよいのでしょうか。
どちらの方向性も大切です。
私たちの研究室で行っている研究では、植物成長促進微生物と呼ばれる微生物を探すことを主眼にしています。植物の栄養源としては、リン・窒素・カリウムが主要3成分となりますが、この他にもさまざまな微生物などが植物の成長促進の助けになることがわかっています。たとえばリンは土壌中では不溶性のため植物が吸収できない状態なのですが、微生物がリンを溶かすことにより植物の根が吸収しやすくなっているケースです。こうした能力を持った微生物はいくつも見つかっていて、小松菜やコメを使った栽培実験でも効果検証が進んでいます。
植物の成長を助ける「ヒーロー」となる微生物を見つけて活用していくことと、基腐病に限らずさまざまな病気の原因となる病原菌を特定して対策をしていくこと、その両方を並行して進めていく必要があると思います。
――「ヒーロー」として機能する微生物は、植物によって異なるのでしょうか。
そうですね。小松菜にとって良い働きをする微生物が、コメにも効果があるかというと必ずしもそうではありません。サツマイモにとっての「ヒーロー」はあらためて見つけていく必要があります。
土壌によっても、やはりヒーローになりうる微生物は変わってきます。地質や地形、その地域の気候、これまでの農作状況などによって土壌環境は違ってくるため、どんな環境でも活躍する「スーパーヒーロー」と言えるような微生物は存在しません。
野球選手のたとえになりますが、「チームの9人がすべて大谷翔平選手だったら最強チームになるのか?」ということです。大谷選手はたしかにマルチプレイヤーですが、適材適所はあるはずですよね。それに、彼がどんなにトレーニングを積んでも人間の能力を超えたパワーやスピードは得られません。しかし微生物の場合は、さまざまな種類の細菌や真菌が相互に協働しながら土壌に作用していきます。
また、優れた微生物が見つかったとしても、その圃場に一気にヒーローを投入することで環境が一変するわけではありません。新しく投入された微生物が、もともと存在していた別の微生物たちによって追い出されてしまうことが一般的に知られています。そうならないために、たとえば10日に1度などの高頻度で微生物を添加することで定着させる手法もあります。
まずは実験室のシャーレやプランターなどで制御していくことができるようになれば、農地への転用も将来的には可能になるのではないかと思います。
――サツマイモ基腐病の研究の今後の展望をお聞かせください。
サツマイモは栽培期間が4~5ヶ月間と比較的長く、約1ヶ月で栽培できる小松菜のように短いサイクルで実験をするのが難しいという事情があります。基腐病菌そのものも検出が難しく、DNA解析手法がまだ確立されていません。ただ、研究論文が少ないことは我々にとっても積極的に研究するモチベーションに繋がります。
土壌サンプルを圃場のどんな場所から採取するかのレギュレーションや、効率的なDNA分析手法など、まだまだ検討すべき課題はたくさんあります。今後、行政の支援なども含めた経済的補助が進むことで、さらなる研究の進捗が期待できると思います。
写真 右:九州大学田代幸寛准教授 左:株式会社welzo取締役/SSP Project Leader 後藤 基文
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