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DNA解析でサツマイモ基腐病のかかりやすさを診断。最新の土壌分析手法とは:サンリット・シードリングス株式会社

京都大学発のベンチャー企業、サンリット・シードリングス株式会社。農地の生態系を解析して生産性向上に効果のある微生物を特定するなど、生態系診断に基づくコンサルティング事業などを行っています。ゲノム解析などの多様な専門分野を駆使し、生物多様性や持続可能な社会に関する課題に取り組んでいます。

同社のCEO石川奏太氏に、サツマイモ基腐病対策の最新状況について話をうかがいました。


写真:サンリット・シードリングスCEO 石川奏太様(左)

   後藤 基文 / 株式会社welzo Biz Promotion Division 取締役/SSP Project Leader



――サンリット・シードリングス株式会社の事業内容について教えてください。


当社は「生物多様性の科学で持続可能な地球生態系を実現する」というビジョンを掲げ、生態学、ゲノム科学、ネットワーク科学といった研究分野で得られた知見をもとにして、生物多様性の危機への対処を行うことを目指しています。


農業・水産業・林業といった業種のみなさまに、生態系や生物多様性の状況を観測できる技術を提供しています。ただし、観測・診断した結果を知るだけでは次のアクションに繋がりません。どのように生物資源を活用しながら、産業としても利益を出しながら持続的に共存していけるのか、その産業モデルを作成していくことがミッションです。


――「生物多様性」という言葉はときどき聞きますが、身近に感じる機会は少ないかもしれません。


地球温暖化対策や脱炭素社会の実現のような環境課題と同じように、生物多様性を守ることの重要性が少しずつ広まってきました。農業や漁業などに限らず、ITや機械の分野でも、自社の事業が環境にどのような影響を与えているのかを測定して、ネガティブな影響を与えている状況からポジティブな影響へと変えていくことが必要です。その指針となるのが「ネイチャーポジティブ宣言」です。


ただ、そもそも生物多様性や生態系を可視化することが難しいため、現在の状況を把握すること事態が簡単ではありません。見えないものはわからないので、私たちはそれを可視化するための技術を提供しています。


具体的なサービスとしては、土壌や水のサンプリングをして、そこに存在する微生物などのDNAを分析し、その環境にどんな生き物がいるのかを可視化した「生態系の設計図」を取得するということを行っています。そして、得られた「設計図」を再構築してネイチャーポジティブな状態にするための開発手法などを提案しています。


――DNA分析を可視化した「生態系の設計図」からは、どんなことがわかるのでしょうか?


農地の土壌や漁場の水中などに、どんな生物がどのくらいいて、どんなネットワークが形成されているのかを知ることができます。技術的には、琵琶湖からペットボトル1本分の水を汲んでくれば全体の生態系を可視化するくらいのことができるようになっています。


たとえば、新型コロナウイルスの感染拡大が始まった頃、都市の中で誰と誰がどういうネットワークを構築していて、どういう感染経路で病気が広まっていったのかというシミュレーションがあったと思います。そこから「三密を避ける」などの行動指針も出てきましたよね。


いろいろな生態系を可視化して調べていくと、農業の現場でまったく利用されてない微生物が見つかったりします。そうした生物資源や機能を「逆輸入」のようなかたちで活用できれば、化学肥料や殺虫剤などを使わずに健全な土壌環境をつくれるんじゃないかと期待しています。




――御社のサツマイモ基腐病対策プロジェクトについて教えてください。


農林水産省の補助事業として、2023年10月〜11月に鹿児島県内の82カ所の圃場(※農作物を育てる場所)の土壌調査を行いました。合計328点の土壌サンプルから環境DNAを解析した結果、圃場診断の指標となる「有害/有用微生物ネットワーク」を特定することに成功しました。


サツマイモ基腐病は土壌や植物のなかに潜伏していて発症するまでに時間が掛かるという特徴がありますが、基腐病の発生原因となる菌も同様です。さらに、基腐病の菌はDNA分析をしても検出しにくいという特徴があります。そこで私たちは、その病原菌だけを分析するのではなく、さまざまな微生物の出現頻度を計算することにより、どのような微生物ネットワークが圃場にあるのかを分析・診断するという手法をとりました。


――サツマイモ基腐病の病原菌そのものを見るのではなく、土壌全体を俯瞰して分析するのですね。


はい。微生物ネットワークの状態は「有害なネットワークがある/ない」「有用なネットワークがある/ない」に分けられます。これは「悪玉菌がいる/いない」「善玉菌がいる/いない」というイメージです。


「有害なネットワークがある」状態はサツマイモ基腐病に限らず、病気の発生リスクが高くなります。「有用なネットワークがない」状態もやはり発病リスクが高くなります。サツマイモ基腐病の根本的な原因菌を見つけるのは難しくても、病気が起こりやすい環境を分析して見つけることはできるのです。


今回の鹿児島県内の圃場調査では、生産者の方へのアンケート調査も行っています。

328点の土壌サンプルのうち、サツマイモ基腐病の原因菌が見つかったサンプルはほぼゼロに近い数でした。しかし、実際には何十カ所という圃場でサツマイモ基腐病は発生していました。病原菌そのものを検出するのが難しいというのは、こういうことなのです。

しかし、微生物ネットワークの状態をもとにした分析では、非常に高い精度で発病リスクを判定することができていました。「この圃場には有害なネットワークがあり、有用なネットワークがない。ということは、サツマイモ基腐病が発生する可能性が高い」といった判断が可能になったのです。


鹿児島県で採取した土壌微生物の培養株コレクション


――なるほど。圃場に苗を植える前に、土壌の微生物ネットワークの状態がわかれば対策もしやすくなりますね。


そうなんです。これまでの病気対策では一律に「気をつけましょう」としか言えませんでしたが、土壌の状態が良いとわかれば必要以上の対策コストを掛けなくてもいいはずですし、リスクの高い土壌だとわかれば集中的な対策をすることもできます。


サツマイモだけでなくほとんどすべての植物にとって、病気のリスクが高いのは定植するタイミングです。新しい環境に慣れるためのストレスが強くかかっていますし、定植時に傷がついてそこから病原菌が入ることもあります。植物が新しい根を生やそうとする際には、良い菌も悪い菌も入っていきやすい状態となります。定植して1ヶ月以内がもっとも菌の影響を受けやすいと言われています。だからこそ、定植前に土壌の微生物ネットワークを知ることが大切になるわけです。


――サツマイモの品種によって基腐病への耐性が変わるといわれていますが、品種による違いは検証できるのでしょうか。


品種のサンプル数がそれほど多くないので明確なことはまだ言えないのですが、基腐病に強い品種であっても病気が発生するケースがあります。その場合、土壌の微生物ネットワークが極端に悪いことが原因となっている可能性があると思われます。


たとえば、人がインフルエンザなどに感染する状況を想像してみてください。もともと健康で体力がある人であっても、ウイルスが蔓延している部屋に入って、さらに怪我をしていたり栄養状態が悪くなったりしたら、感染する確率は上がりますよね。逆に、もともと病気になりやすかったり体力がなかったりする人でもクリーンな環境であれば感染しません。


つまり、病気に強い品種であっても、土壌の状態が悪かったり、風雨などの影響で茎や葉が傷ついたり、水捌けが悪かったりすれば病気になるリスクは当然高まるということです。病気に強い品種を栽培することには意味がありますが、土壌の状態を気にしなくてもよいということにはなりません。


――基腐病対策として、収穫後の残渣をすみやかに圃場から持ち出すことが言われています。この対策の効果についてはいかがですか。


残渣処理についても、生産者へのアンケート調査と微生物ネットワークを比較分析しました。「どのくらい持ち出したか」をアンケートで正確に調べるのは難しいため、一概には言えないのですが、残渣は一部だけでも持ち出した方が発病率を下げる効果があると言ってよいかと思います。


――基腐病のほかにも、数年前までは目立たなかったサツマイモの病気が発生し始めています。


コロナウイルスやインフルエンザウイルスと同じように、農作物に影響を与える菌も変化し続けていく性質を持っています。これまでは病原菌として振る舞っていなかった菌が、土壌環境が変わったり異常気象などで気温や降雨量が変わったりすることで、病原菌に変わってしまうということも起こります。特定の菌だけが大量発生すると環境への悪影響が大きくなります。いろいろな菌が存在し、多様性が保たれていることが大切です。


今回、土壌サンプルを採取するために私も鹿児島県内の圃場を訪問しました。現地を拝見してちょっと気になったのが、周りに生息している外来植物です。一概には言えませんが、外来植物や外来生物が病原菌を圃場に持ち込んでいる可能性は十分にあります。仮にそうだとすると、圃場をいくら殺菌しても周りの外来種から病原菌が供給され続けているかもしれません。


外来種を駆除してその土地本来の生態系を守ることは、生物多様性を守るということです。生物多様性を守ることには、病害が発生するリスクを減らし、農業の生産効率を上げる効果もあるのです。


――圃場の微生物を分析して有害なネットワークがあるとわかった場合に、有用なネットワークに変えていくためにはどうしたらよいのでしょうか?


サツマイモ圃場の微生物ネットワークを再現する手法は、実証実験を行っている段階です。土壌改良については、プランターくらいのサイズの実験であれば微生物ネットワークの再構築が可能になっています。もちろん、圃場はプランターとは比較にならないほど広いですから、有用な菌をどういうかたちでどのくらい投入すればよいかは検証が必要です。現時点ではまだ方法論が確立できていませんが、実験室での成果は出ているので、最終的には生産現場にも活用できるはずだと考えています。


ただし、その方法は圃場によって違ってきます。もともとの微生物ネットワークの状態は千差万別なので、資材として有用菌を使うに当たっては圃場に合わせたバランスが必要になるはずです。


――今後のサツマイモ基腐病対策プロジェクトの展開予定を教えてください。


来年度以降は、土壌の簡易診断キットの配布や有用微生物の資材化などのアプローチで、基腐病を含めた病害予防に貢献していきたいと考えています。


現在すでに診断キットの簡便化は行われていて、採取した土をコーヒーフィルターで包んで乾燥剤入りの密閉バッグに入れ、レターパックで当社宛に郵送していただくことで、簡単に土壌サンプルを送ることができるようになっています。DNA解析に掛かる費用は安くはないかもしれませんが、非現実的な金額でもないと考えています。また、畑ごとの分析結果をオープンデータ化して、農薬・肥料の種類・使用量、病害発生状況などの営農データと組み合わせ、産地全体で情報やノウハウの共有を行えるようなプラットフォームの開発も進めており、単なる分析サービスでない、現状把握からソリューション提供までを一気通貫で行うサービスを目指しています。これらの技術シーズの農業現場での実装と活用が進むことを期待しています。


サンリット・シードリングスCEO 石川奏太様


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