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さつまいもの「源流」の島で、紅いもをもう一度強くする——おきなわアオイファーム・堀内翔斗社長に聞く、宮古島の挑戦

2 日前
読了時間: 8分

かつて日本のさつまいもが最初に根を下ろした島・宮古島。しかし、この島をはじめとする沖縄県の紅いも農業はいま、大きな岐路に立っています。基腐病(もとぐされびょう)とコロナ禍という二重の受難で生産者が激減し続けているなか、宮崎県から海を渡り、「沖縄のさつまいも農業を強くする」と旗を掲げた生産者がいます。


Save the Sweet Potato(SSP)のスイーツプロジェクトで協働する、株式会社おきなわアオイファーム代表取締役社長の堀内翔斗氏。SSP代表の後藤基文(welzo取締役)が、おいもクリエイター・管理栄養士のえなりんとともに畑を歩き、話を聞きました。


プロフィール:

堀内 翔斗(ほりうち・しょうと) 株式会社おきなわアオイファーム 代表取締役社長。

宮崎県でのさつまいも生産・輸出の経験を経て、宮古島に進出。「沖縄のさつまいも農業を強くする」を理念に、次世代品種「ニライむらさき」、在来品種「宮農7号」の生産に取り組む。



きっかけは、島からの"SOS"だった


——そもそも、なぜ宮古島でさつまいも農業を始めることになったのでしょうか。


堀内氏:宮古島でさつまいもをやろうと決めたのは4〜5年前、島に関わり始めた頃です。もともと私たちには「さつまいもというビジネスは、日本のどこでもできたほうがいい」という考えがありました。北海道から沖縄まで、寒い土地から暖かい土地まで栽培できれば、その知見は緯度・経度そのままに、将来アフリカやヨーロッパ、南米にも持っていける。海外展開を見据えたときの布石として、沖縄との関わりを持ち始めていたんです。


そんな折、宮古島で契約農家の紅いもをペーストに加工する事業を営んでいた地元企業から、本社に問い合わせがありました。「農家さんとの調整がどうしてもうまくいかない。知見を貸してもらえないか」と。ちょうど沖縄への営業も並行していた時期で、「一度、宮古島に行ってみます」——それが最初のきっかけでした。


——調べていくうちに、島の状況も見えてきたそうですね。


堀内氏:宮古島は、さつまいもの伝来の地とされる"源流"の場所です。それなのに農家さんは激減している。ちょうどコロナが流行した同時期頃にさつまいも基腐病が沖縄でも流行したことがきっかけでした。私が沖縄に関わり始めた頃には、5,000〜6,000トンあったさつまいもの県内生産量も以前の5分の1ほどになっていました。


基腐病との付き合い方は九州での経験から少しずつ分かってきていたので、「僕らがここでさつまいも農業をもう一度強くできれば、社会的にも、島にとっても、僕らのビジネスにとってもいいことなんじゃないか」。それが原点です。



基腐病とコロナ——源流の島を襲った二重の受難


——生産量が5分の1にまで減った背景には、何があったのでしょうか。


堀内氏:理由は2つあります。ひとつは2019年頃から広がった基腐病。作っても作っても腐ってしまう。もうひとつが、翌2020年からのコロナ禍です。やっとできた紅いもでつくったお菓子を買ってくれる観光客がこない。


病気でさつまいもは腐り、製品化できても売る相手がいない。散々な状況で、多くの農家さんがサトウキビへの転作や離農を選びました。一度サトウキビに切り替えると、少なくとも3〜5年普通の畑には戻れません。コロナ禍が明けても、実際ほとんど紅いもの生産は戻っていないのが現実です。


——沖縄の気候や土は、宮崎とは違いますか。


堀内氏:まったく違います。いちばん大きいのは、亜熱帯なので一年中さつまいもが作れること。宮崎や鹿児島でも冬になればさつまいも栽培はできませんが、ここではずっと育てられる。これは圧倒的なプラスです。


一方で土は、火山灰土のふかふかした赤土とは正反対の「島尻マージ」という粘土質。畝ひとつ上げるにも機械にかかる負荷が違い、耕運の速度は九州の3分の1ほどしか出ません。内地のやり方をそのまま持ち込んでもうまくいかない。今もまだ試行錯誤の途中です。


それから、土地と人。農地を借りるためには、島の方々と友達になっていくしかありません。想定の半分のペースでしか畑が集まらず、1〜2年目は本当にしんどかった。飲み会と紹介と挨拶を重ねて、少しずつ溶け込んでいきました。


100本の苗から始まった「ニライむらさき」


——いま主力になりつつある新品種「ニライむらさき」との出会いを教えてください。


堀内氏:運が良かったんです。2023年12月に宮古島で法人を設立したことで、地元の会社として少しずつ認めてもらいつつ、「ちゅら恋紅」という昔からの紅いもを栽培していました。ちょうど法人設立後の2024年に、九州沖縄農業研究センターが新品種を発表しました。研究を最前線で進めてらっしゃった研究員の方も知り合いになっていたので、試験栽培や情報交換含めて、よくお話しさせていただいていました。


その新品種というのが、「ニライむらさき」でした。基腐病への抵抗性ももち、今までの紅いもにはない甘味があり、おいしいという特徴があります。はじめは100本の「ニライむらさき」の苗を九州沖縄農業研究センターから受け取って栽培をはじめ、徐々に拡大させていきました。サンプリングを通して味も認めてもらい、2026年夏にはコストコでの販売が始まり、香港のイオンにも並び始めました。



——えなりんさんは今回、初めて「ニライむらさき」を食べたそうですね。


えなりん:紫いもの概念がガラッと変わりました。えぐみがまったくない紫いもは、初めてかもしれません。ねっとり系ではなく、昔ながらの"ちゃんと芋らしい"ほくほくの食感。そして紅いもは、牛乳・バター・塩、そして「揚げる」という調理と本当に相性がいい。乳脂肪のコクと合わせたら、この芋の良さがもっと引き立つと思います。


堀内氏:地元のカフェでも、従来品種のペーストから「ニライむらさき」に切り替えたお店で、紅いもタルトモンブランが一番の売れ筋になった例が出ています。国内外で青果を売ってきた経験から言うと、「ニライむらさき」は確実に一定の層まで売れる。紅いもで「青果」という路線を切り拓けなかった数十年のなかで、いちばん可能性のある品種だと思っています。


雑草の中から見つかった一株——「宮農7号」


——もうひとつの品種「宮農7号」には、また別の物語があるそうですね。


堀内氏:宮農7号は1947年頃に生まれ、戦後の宮古の食糧難を支えた品種です。農業としてではなく、各家庭の裏の畑で作られ、"つる"は牛やヤギに、"いも"は家族が食べる——そんな"暮らしのいも"でした。いつしか姿を消し、絶えたと思われていたのが、2017〜18年頃、人口数百人の小さな島・黒島の畑の雑草の中に、一株だけ残っているのが見つかったんです。


飛び抜けて甘いわけでも、加工性が高いわけでもない。でも、その"普通さ"と生命力の高さこそが、主食として島の人たちに愛され続けた理由だと思います。種の保存の意味でも、そして宮古島でやる以上「宮農」の名を冠した品種を残したい。その思いで作り続けています。



——新しい「ニライむらさき」と、クラシックな「宮農7号」。対照的な2品種ですね。


堀内氏:戦後の食糧難を支えたのが「宮農7号」なら、基腐病という受難から島を救うかもしれないのが、「ニライむらさき」。この2つの物語が揃っているのは、宮古島だけだと思います。


「出口」をたくさん持つ——いいものを作るだけでは、続かない


——お話を伺っていると、栽培と同じくらい「売り先」を重視されている印象です。


堀内氏:一箇所に頼るのが、農家にとって一番怖いことなんです。実際、進出当初に想定していた出荷先がうまく機能せず、作っていいと言われたのに出荷できない時期が1年程続いたこともありました。だから、地元のスーパーにも沖縄本島にも、内地にも海外にも、売り場を広げて出口をたくさん持っておく。規格外も含めて最後まで売り切る道筋を、自分たちで持っておく。


そしてもうひとつ大事なのは、バズらせないこと。ブームは一瞬売れても、忘れられたら終わりです。農業と同じで、じわじわと、ずっと続いてほしい。「この商品は、ニライむらさきでなければいけない」という理由——文脈をどれだけ積み上げられるかが、残るものにつながると思っています。


——目指しているのは、自社の成功だけではないそうですね。


堀内氏:僕らだけが良い状況になっても、僕らが島を離れたら何も残りません。地域に自走してほしいんです。他の農家さんやこれから就農したい人にも、「ニライむらさき」をはじめ、宮古島でさつまいもの栽培と商売が出来るようになってほしい。


ここは一年中栽培できるので、植え付けから収穫、出荷までの全工程を毎日繰り返せます。つまり農家のプロを内地より速く育てられる島なんです。宮古で農業を頑張りたい20代・30代の若者と、一緒にやっていきたい。「沖縄のさつまいも農業を強くする」——それが私たちの理念です。



さつまいも畑から、蜂蜜が採れる


——さつまいもの蜂蜜という取り組みもされていると聞き、驚きました。


堀内氏:さつまいもの花は「100年に一度咲けばいい」と言われるほど珍しいのですが、宮古島では普通に咲きます。大学の研究で開発された、さらに花がたくさん咲く品種「甘花(かんか)」があるんです。これを宮古島に植えて、さつまいもの花の蜂蜜を採っています。


亜熱帯なので花が半年から10ヶ月咲き続け、内地の養蜂のように蜂を移動させる必要がない。しかも宮古島には、ミツバチの天敵であるスズメバチがいないんです。国産・宮古島産・さつまいもの花の蜂蜜——おそらく世界でうちだけです。スイーツの素材としても、ぜひ使ってほしいリソースですね。


■ SSPとともに——紅いもに、もう一度光を


——SSPのスイーツプロジェクトに期待することを教えてください。


堀内氏:僕らはさつまいも青果を売るのは得意でも、お菓子やお土産、レシピの世界はからっきしです(笑)。だからこそ、今回のように"食"のプロの目線と定期的に交わることが必要だと痛感しました。


紅いもタルトのブームからしばらく経ち、沖縄のさつまいもには長く日が当たっていません。でも紅いもは、米が作れないこの島々で、琉球の時代からずっと人々の命を支えてきた主食です。「沖縄といえば、紅いも」と、もう一度思い出してもらえるように。それは僕ら一社ではできない。SSPの皆さんと一緒にやれたら、沖縄県全体にとってもすごくいい話になると思っています。


——ありがとうございました。宮古島発のスイーツ、続報をお楽しみに。



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